におい(嗅覚)が障害されると以下のようなことが起こります

  • においを感じにくくなることで食べ物の味自体にも変化がおこり(風味障害)、食欲が低下します。
  • ガス漏れや火災、腐ったにおいのような危険な状況に気づきにくくなります。
  • 花の香りなどの自然の香り、季節の変化の匂いなど、生活に欠かせない匂いを感じ取れなくなり、日常生活の楽しみが減少します。(生活の質(QOL)の低下)
  • 副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、鼻ポリープ、風邪などのウイルス感染症、神経障害(神経変性疾患)など、嗅覚に関連する疾患が悪化している可能性があります。
  • 認知症(アルツハイマー病など)やパーキンソン病などの神経変性疾患の初期症状の可能性があります。

嗅覚障害を知る

嗅覚障害の原因

においは鼻の中の奥にある嗅裂と呼ばれる部分もある嗅上皮で感じとり脳へ伝えています。
そのため、副鼻腔炎や鼻ポリープによりにおいがその部分に届かなかったり、風邪などにより嗅上皮がウイルスなどで障害されたりすると嗅覚障害を起こします。また、頭部外傷などによる嗅覚障害も多く、副鼻腔炎・風邪の後(感冒後)・外傷後は嗅覚障害の3大原因疾患とされています。
そのほか、脳疾患、先天異常、心因的要因、有害物質のにおい暴露なども嗅覚障害の原因として考えられます。しかし、原因不明の嗅覚障害も少なからず存在します。
また、加齢による嗅覚障害も多く見られます。男性は60歳代から、女性は70歳代から低下することが報告されています。(Doty RLなど 1984年) しかし、多くの方は気が付いていないことが多いこともわかっています。
嗅覚障害は、近年の研究で、認知症(アルツハイマー病など)やパーキンソン病などの神経変性疾患の初期症状の可能性があることが重要視されてきています(認知症の早期診断)。

嗅覚障害診療ガイドラインより引用

嗅覚障害の診断

日常のにおいのアンケートは誰でも簡単に自分の状況を確認できます。
(スコア(%)が70%以下で嗅覚障害がある可能性が高くなります。)

問診のほかに、
①鼻の中(嗅裂など)をファイバースコープにて詳細に確認します。
②そのほかに、画像診断CTを行います。(必要に応じてMRIを行う場合もあります。その場合、他施設での検査となります。)
③また、においの障害の程度を調べるために嗅覚機能検査を行います。(これらは、治療効果の判定にも行います)

嗅覚機能検査

  • 基準嗅力検査(T&Tオルファクトメーター)
  • 静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)
  • カード型嗅覚同定検査 (オープンエッセンス))

当院では最新式の嗅覚検査装置(におい提示装置NOS-DX1000:SONY)を導入しております

基準嗅力検査(T&Tオルファクトメーター)と全く同じ検査となります。
保険適応外 4500円/回
認知症などが心配な方もご相談ください。

嗅覚障害の治療

原因によって異なりますが、以下の治療方法があります。

  • 薬物療法
    副鼻腔炎やアレルギーによる嗅覚障害と考えられる場合、内服薬や点鼻薬などで治療を開始します。治療効果が乏しい場合には、手術を勧める場合があります。
    近年、鼻ポリープを伴う慢性副鼻腔炎による嗅覚障害に対して抗体療法(デュピクセント皮下注射)が効果的であることがあります。ただし、使用に関しては厳格な適応基準および高額といった問題もあります。(原因や治療経過により、提案させていただく場合があります。)
  • 手術療法
    鼻ポリープや副鼻腔炎による嗅覚障害の場合、内視鏡手術を行うことで改善する場合があります。
  • 嗅覚刺激療法(嗅覚トレーニング)
    嗅覚を回復するために、特定のにおいを嗅ぐリハビリテーションを行います。嗅覚を司る細胞(嗅細胞)の再生の促進や嗅覚を司る脳の神経細胞同士の信号伝達の強化(シナプス可塑性)により、改善することが考えられています。ただし、効果には個人差があります。

嗅覚刺激療法(オルファクトリー・トレーニング)とは?

ドイツの耳鼻咽喉科医(Hummel)が開発した異なる種類のにおいを嗅ぐ治療法です。原法では、レモン、バラ、ユーカリ、クローブのにおいを朝、晩に15秒、嗅ぐトレーニングを3ヶ月以上続ける治療法です。しかし、日本では馴染みのない嗅素もあり、日本式は現在、大学などで開発中です(ココナッツ、湿布、パイナップル、バニラ)。現在、保険適応の処方薬はありません。
ポイントしては、なじみのある、特色ある異なる香りを意識して嗅ぐことが大切です。
現状では、精度の高いにおいを嗅ぐことが重要であることから、純度の高い精油(アロマオイル)を用いるのがよいと思われますが、手元にない場合、まずは身近にあるなじみのある良いにおいで代用してもよいと思います。コーヒー、オレンジ、味噌汁、カレー、ニンニクなど日常の食事に関するものや、季節の花(金木犀など)や草(大葉など)などや、湿布などは比較的始めやすいと思います。但し、嗅ぐ物の匂いによっては、においが弱いものや再現性がないものがあり、これらはあまりお勧めできません。
重要なのは、昔はこんな匂いだったはずだと思い出して嗅ぐことです。全くにおいがしなくても強く意識して根気強く嗅いでみましょう。(1回15秒程度で十分です。)

生活の木:嗅覚トレーニング

はじめての嗅覚トレーニングセットとして、4,000円弱/1ヵ月分で市販されています。褐色ボトル付きです。継続希望の方は4個リフィル用も2,600円程度で購入できます。

はじめての嗅覚トレーニングセット(容器・説明書つき)

嗅覚障害と認知症などについて

日本は高齢化が進み、認知症患者数も年々増加しています。厚生労働省の調査によると、2025年には65歳以上の認知症患者数は約700万人に達すると予測されています。嗅覚障害と認知症(アルツハイマー病など)やパーキンソン病などの神経変性疾患との関連性についての研究は進んでおり、一部の研究では嗅覚障害が認知症の発症リスクと関連していることが示唆されています。

認知症は予防できる病気とされており、最近では認知症予防のための取り組みが拡大しています。ただ、既に認知症が進行している場合には、改善が難しいこともあるため、早期に介入することが重要とされています。
嗅覚障害が認知症などの早期診断に有用であるのですが、嗅覚障害を予防することで認知症を予防できるかどうかについては、現時点でははっきりとした科学的な結論は得られていません。認知症の発症には複数の要因が関与しており、嗅覚障害以外の要因も存在するため、嗅覚障害を予防することが必ずしも認知症を予防することにつながるとは限りません。従来より認知症予防には、健康的なライフスタイルを維持することや、脳トレなど認知症予防のためのさまざまなアプローチが必要と言われておりますが、前述の嗅覚刺激療法もアプローチの一つとしてその予防に効果のある可能性があるかもしれません。